一切、天の物と心得て有り難くなれば、我が離れるー黒住宗忠の教え(黒住教)

我を離れよと申しても、初めての人は合点がいくまい。
手に持てるものを放すのではない。
我を離れるのは、一切を天の物と心得る事なり。
あるいは着物を着るにも、我がこしらえた着物だと思うと有り難くなし。
これは天より我に着せて下さる、有り難い事だと喜んで、一切、天の物と心得て有り難くなれば、我が離れる。

                                    「生きる教え」黒住教日新社より
今、自分が着ている服はもちろんのこと、目の前にある全ての物を天から、神様から与えられた物と感謝すれば、自然に我が離れ、謙虚で素直な気持ちになれると説かれているように思います。この我を離れた心こそ
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我というもの無き時は、畏(おそ)れながら、天の心も我が心も隔てなし。
我を離れたる「誠」の本体が、すぐに神!

                                    「生きる教え」黒住教日新社より
であるというのです。そして、この無我の心になれば
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只今、何ほどの難病、身に迫り、体を槍で刺さるる苦しみに遭うとも、身も、我も、心も捨てて、誠ばかりになりて、心を痛めざる時は、その心はいきものなれば、自然とその病苦は去るなり。
御道の有り難きを誠に一心に受くる人、病などその場にて平癒せり。
                                    「生きる教え」黒住教日新社より
というおかげも自然にいただけるというのです。
実際、以前のエントリーでも紹介させて頂きましたが、「有り難い」という言葉を一日に一万遍を唱えたら、ハンセン病が治られたという逸話もあり、功徳は絶大です。
今目の前にあるPC、着ている服、そして部屋、夜つけている電気の明るさ、家族、又無意識に呼吸している空気などよく考えれば自分の身の回りには数え切れないほど有り難いことばかりに囲まれているのに気がつきます。
普段当たり前のことのように思っているもの全てに対して神様、天から与えられたものだと、まずは、何をさておき感謝の気持ちをもつことから豊かで幸せな人生への第一歩が始まり、そして感謝の気持ちを持ち続けていくことが人生を成功させるための一番の近道ともいえるのかもしれません。

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