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zoom RSS 黒住宗忠師とイエス・キリストの共通点―1 

<<   作成日時 : 2009/05/16 16:25   >>

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先年私が、「黒住宗忠伝」を公にした時、今は故人となられたが、往年キリスト教の信者であった文士加藤一夫氏が来訪されて、
「自分はキリストの言行を尊敬するが、しかしあの途方もない奇跡の段に至ると、どうしても丸呑みにする訳には行かなかったが、今度あなたの著書で黒住宗忠公の事跡を知って、こうした人が日本にあったことに驚くと共に、キリストの奇跡が、そのまま信ぜられるようになった」
と云って、お礼を述べられたことがあった。
それもその筈で、宗忠の伝を調べて見ると、天刑病といわれる癩病人を始め、メクラやイザリ等々あらゆる病者をなおしたのみか、既に息を引き取った者が蘇生し、、或いは、腐敗した酒屋の夥しい酒が清まったり、枯死に瀕した草木までが元に復したという文献が、数限りなく見出されるのである。
また、キリストと同じく、海を旅して暴風雨に逢うや、海神を叱って波浪を鎮めたり、五里余の道を一時間あまりで歩いたり、いろいろの奇跡的なことが多い。
それが全くキリストを彷彿させる。
而も両者共、それを神通力とも、わが徳の力とも云わないで、只神に対する信の力がここに至ることを説いているのである。
宗忠は、これを含蓄ある言葉で説明する。
「わが心のいきものを以って、天地の誠のいきものを呼び出すので、何事も自由自在、思えば勿体ないことである」と。
キリストは、
「汝らに芥子種ほどの信仰もあらば山でも動く。神にはなし能わぬことはないのである」とまで語っている。
・・・(略)・・・
天父の一切をなし得給う絶対力を確信していた当のキリストに言わせると、何等(なんら)奇跡でもなかったに相違なく、只、神を信ずる心なき人々を憐れと見たに過ぎなかったのである。
「汝ら信仰うすき者よ!」と、彼は弟子達を叱咤した。
彼が、若し汝等に芥子種ほどの信仰もあらば、山を移すことも出来るのだと教えたその信の強さを見るがよい。
そこには毫末の疑いもないのである。
そこに神が働き給う。
宗忠は、本来無一物の中より人の生まれ来る天地のいきた働きの前には、病位のものがその場で直ったとて、何も不思議とするにあたらない。
不思議と思うのは、未だ天地の活作略を知らない者の迷いなりと説くのである。
「これらを不思議と思うは重々迷いなり」の一語は、「汝等信仰うすき者よ!」の毒水と働きを等しうする。こうした強烈で純粋な信力の前に、多くの病者がいやされたことは当然であろう。

「哲人宗忠」延原大川著 明徳出版社より

以上の一文を読んで、改めて、黒住宗忠師の偉大さを感じさせていただきましたが、と同時に、何の疑いもなく信じきる無我の信仰の強さは大事でありますが、「金持ちになりたい」とか我欲にまみれた信仰は、我欲がある時点で、既に「信仰」とはいえず、それは「執念」であり、信仰とはかけ離れたものであり、我を捨て切って神様に全てを任せ切った無我の信仰こそ、真の信仰といえるのではないか、と私なりに気付かせていただきました。

又、黒住宗忠師は以下のように説かれています。

この左京が瀬踏みをいたす、皆々様ついてお出でなされ。
畏(おそれ)れながら、高天原まで、御案内を仕る。

この方、畏(かしこ)き自然の天命を蒙りて、神国生々の大道を説く。この黒住宗忠を師と慕う者は決して見殺しにはせぬ!!

「生きる教え」黒住教日新社より

この御言葉を信じて、日々の日拝、大祓詞の奏上で、何ものにもとらわれない無我の境地に少しでも至りたいものです。

「哲人宗忠」「生きる教え」はお勧めの一冊です。
黒住教日新社
http://www.kurozumikyo.com/books/index.html

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