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zoom RSS 冬至の太陽は宇治橋に昇る―矢野憲一(五十鈴塾塾長)

<<   作成日時 : 2009/08/17 20:10   >>

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伊勢には古くから太陽信仰があった。
・・・(略)・・・伊勢の海からは朝日が昇る。
とくに夏至のころには二見浦の夫婦岩の真ん中から注連縄をくぐって朝日が昇る。
海面を金波、銀波に染めて大きな太陽がゆったりと顔をのぞかせ、まるで海の光の道が常世の国からずっと続いているように昇ってくる。
いつの頃から存在するかは知らないが、夫婦の立石と、その上の鳥居が黒いシルエットになって浮かび、条件さえよければその彼方に富士山も見える。
私は、子供の頃に鳥羽市の国崎の海岸で見た。
朝日の美しさを今も忘れることができない。
子供ながらに思わず両手を合わせた思い出がある。
冬至の日には内宮の宇治橋の大鳥居の正面ど真ん中から朝日が昇る。
これは古くからいわれてきたことではない。
知る人ぞ知る存在だったのだろうが、実は神宮の職員も誰も気付いていなかった。
二十数年前、神宮司庁の広報課に一人の老人が一枚の写真を持参してきて、「冬至の日に限って太陽が大鳥居のど真ん中から上がるのですね」と言われた。
「へえーそうですか」となり、広報誌の「瑞垣」に「冬至の太陽」という小さな記事を出した。
それが口コミによって広まり、数年のうちに市の観光課や崇敬会も乗り出し、近頃ではたくさんの人が夜明け前から宇治橋前に集まるようになった。
カメラマンもどっさりで、午前七時半頃の瞬間を固唾を呑んで待つ。
鳥路山の上の東雲が朱鷺色になり、茜色に染まり、黒くシルエットになった大鳥居の正面の上に輝く光が現れ、見る見るうちに黄金の眩しい光の玉が顔をのぞかせる。
これは感動だ、まさに「天照大神様」と祈りたくなる。
イタリア人なら「オーソレミーヨ!」と叫ぶのではなかろうか。
実感した人にしかわからないだろうが、光がさっと射した瞬間に体が温かくなる。
なんと偉大なエネルギーだろうか。
とにかく二見が夏至で、内宮が冬至とは、なんとも不思議である。
誰が設計したのだろうか。


「知られざる杜のうち 伊勢神宮」矢野憲一著 角川選書より

一陽来復の冬至の日に、伊勢神宮に参拝されてみてはいかがでしょうか。

ちなみに、黒住宗忠師は、

黒住教の教祖宗忠神は、江戸時代もやや末期に近い、安永九年(1780)十一月二十六日、冬至一陽来復の日、備前国御野郡上中野村(岡山市上中野)でお生まれになった。
・・・(略)・・・
文化十一年(1814)十一月十一日、冬至の朝、改めてご日拝をしておられた最中の出来事であった。
思えば、今日の冬至は更始一心のめでたきよき日であり、我が誕生日でもある。
いつの年もめでたい誕生日の冬至であるが、とくに今年は、起死回生のご神徳を頂いた、たぐいない有り難くめでたい誕生日である。
この日のご日拝は格別入念に有り難くおつとめになり、一心不乱になってお礼を申し上げ、お祈りを捧げておられた時に、折りしも東天に輝き出ずるお日様、赫々たる旭光を見つめられることしばし、いよいよ感にたえて、ご祈念の至誠をこらされた折に、突然天地を貫く一条の白光燦として胸を貫いたかに思われた瞬間、心身共に太陽の太陽気に包まれ、有り難さの余り思わず口を開いて日光を呑み込んでしまったところ、不思議なるかな、大日輪が飛んで胸中に入り、日輪と我と、我と日輪と全く一つになり、恍惚無我の間に、神人不二一体の妙理を証悟し、生々無窮、天地と共に生き通しの大道を自得し給うたのである。


「黒住教教祖伝」黒住忠明著 黒住教日新社より

とありますように、一陽来福の冬至の日に生まれ、そして天命直授も冬至の日であり、又、クリスマスも冬至と密接に関係があるようです。
以下のサイトをご参照ください。

レポート・冬至とクリスマス
http://washimo-web.jp/Report/Mag-Touji.htm


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冬至の太陽は宇治橋に昇る―矢野憲一(五十鈴塾塾長) 瑞穂の国日本/BIGLOBEウェブリブログ
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