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zoom RSS 説く人は違えど真理は一つー赤子の心

<<   作成日時 : 2006/10/25 01:05   >>

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教祖様(黒住宗忠)のお説教は、全く我を離れての浮かびのままのお話であったのです。
詳言しますれば、ご自身の知恵分別や、学問や、理屈や、また経験も、体験も、すべてそれらのもののいっさいを離れ、すなわち全然「黒住左京」(黒住宗忠)というものを離れ去り、捨て去って、無念無想、無心無我にして、直ちに天言をお伝えになったのでした。

                                「教祖様の御逸話」黒住教日新社より
と、黒住宗忠の日頃の心構えが書かれています。

松下幸之助の言葉に
素直な心とは、いいかえれば、とらわれない心である。
自分の利害とか感情、知識や先入観などにとらわれずに、物事をありのままに見ようとする心である。
人間は心にとらわれがあると、物事をありのままに見ることができない。
たとえていえば、色がついたり、ゆがんだレンズを通して、何かを見るようなものである。
たとえていえば、赤い色のレンズで見れば、白い紙でも目には赤くうつる。
ゆがんだレンズを通せば、まっすぐな棒でも曲がって見えるだろう。
そういうことでは、物事の実相、真実の姿を正しくとらえることができない。
だから、とらわれた心で物事にあたったのでは判断を間違えて、行動を過つことになりやすい。
                                                                                       「実践経営哲学」PHPより

そして、大塚寛一言葉は
人は、肉眼でものを見ているように思っているが、本当は肉眼の奥にある心眼、いわば心の鏡によって、ものを判断しているのである。
ところが、その心の鏡が、過去の悪因縁のためにひずみができたり曇ったりすると、真っすぐなものが曲がって見えたり、良い人が悪く思えたりする。
心の曇りが正しい判断を狂わすからだ。
そして判断を誤った結果、事故災難にぶつかったり、不治の難病にかかったり、あるいはまた事業や勝負などに失敗して苦しむことになるのである。

                          「真の日本精神が世界を救う」イースト・プレスより
とあります。

以上の三人は、説きようは違えども、共通して私心なく知識先入観や経験にとらわれない心でありのまま物事を見ることによって、何が正しいのか、何をなすべきかがわかり、間違いのない人生が送れるということを説かれているように思います。
生まれたばかりの赤ちゃんのように、何の私心私欲もなく、くもりのない心に磨きあげることが、一人ひとりに与えられた人生の成功への一番の近道なのかもしれません。


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